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メモ 2013.10.10~

「誤った日本語」について調べてみます。

1-1-2「的を得る」の用例(1950年代)

前回の記事に続き、ここでは1950年代の「的を得る」の用例を挙げていきます。これよりさらに古いものは、次回に載せます。

※用例・文献の引用方法について

1959年

この告訴状は地区委員会の的を得た指導によって二日間の討論のすえ、否決されてしまった。

(アジア通信社 [編訳] 『中国の人民公社物語』新読書社出版部 p.296 12行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2487853/155 (国立国会図書館内限定公開)
国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

 

1959年

カウツキーはその名著「農業問題」において、「貨幣なくして近代的農業経営は不可能である。あるいは同じことを意味するのだが、資本なくしては不可能である」 (岩波文庫、農業問題上卷・向坂逸郎訳一〇三頁) と明らかにしているが、これはまさに的を得た指摘である。

(竹内猛「労農提携の現状と問題点」『月刊社会党』第23号 日本社会党中央本部機関紙局 p.28 下段 本文16行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1408248/16 (国立国会図書館内限定公開)
国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

 

1959年

農業が資本主義的な影響を強くうけ、その体制下で、技術の革新が進展するとすれば、ブッツ教授の所説は、ほぼ的を得ているのでなかろうか。

(日本農業年鑑刊行会 [編] 『1960年版 日本農業年鑑』家の光協会 p.347 4段目24行目)

 

1959年

宮木 結局 非常に素朴な考え方なんだけど 的を得ていることは,おなかの中にあるそういう悪いバイ菌を酸性にして発育をおさえるという そういうことで腐敗菌が繁殖しないということを ねらってるんですが,しかしまだ検討を要すると思う。

(宮木高明・清水藤太郎「対談―老年よさようなら ―不老長寿の薬を語る―」『藥局』第10巻 第4号 南山堂 p.76 左段17行目)

 

1959年

〔前略〕懐疑や自由討究は最後の目的ではなく、新独断 (新仏教…吉田) に移る階梯だとし、旧仏教側の護法家の批評の的を得ていないことをのべて、〔後略〕〔p.365 3行目〕

しかし、戦後の諸論の中で、日露戦争帝国主義性を見破った黄洋の「戦争と投機病」 (八―五) は最も的を得ているであろう。〔p.393 14行目〕

 本事件全体の報道も、『東京朝日』が最も的を得ていると思われる。〔p.472 15行目〕

(吉田久一『日本近代仏教史研究』吉川弘文館)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2979128 (国立国会図書館内限定公開)
国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

※ p.29に「当を得ていない」、p.157に「的をはずれ」という記述あり。

 

1958年

加藤 〔中略〕文学とか、絵とかいうものの性質上、それ自身歴史的な価値の世界だから、初めて輸入するならば古いところを輸入するのが的を得ていたので、自然科学はそういうものではないわけです。

(加藤周一柳田泉勝本清一郎・猪野謙二「《座談会・近代日本文学史》4  鷗外を中心に」『文学』第26巻 第10号 岩波書店 p.96 1段目4行目)

 

1957年

これはひとつの芸術的殿堂であって構成力云々の批難は、作者がそれをめざしたものでないだけに、いっそう的をえたものとはいえぬのである。

(伊東広太「滑稽物語の構造」『文芸研究』第5号 明治大学文芸研究会 p.39 下段6行目)
http://hdl.handle.net/10291/9713 (リンク先にPDFファイルあり)
明治大学 学術成果リポジトリ (https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/) より

 

1957年

以上完全に理解していない所もあるので,的を得なかった点も多々あると思うが,筆者の不勉強によることで私自身学会は新知識の吸収の場であり荷が重過ぎたと言わねばならないであろう.

(鍋島泰夫「1957年日本気象学会特輯 (I)  2. 気象力学,数値予報および解析」『天気』第4巻 第7号 日本気象学会 p.230 左段4行目)
http://www.metsoc.jp/tenki/pdf/1957/1957_07_0228.pdf
※日本気象学会 (http://www.metsoc.jp/tenki/) より

 

1956年

このとき緊急四項目の要求をつきつけたことはたしかに的をえたものであった。〔p.154 8行目〕

高野実がこのときに示した政治的な感覚は社会党よりも共産党よりも的をえていた。〔p.156 15行目〕

(斎藤一郎『戦後日本労働運動史』 [下] 三一書房) [1961年 第7刷]
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3031284 (国立国会図書館内限定公開)
国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

 

1956年

道代の指摘も、的を得ている。

(丹羽文雄『飢える魂』大日本雄弁会講談社 p.45 上段13行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1645145/26 (国立国会図書館内限定公開)
国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
※2016年6月10日追記:「日国友の会」に投稿済 (こちら)

 

1955年

高梨が、産業安全研究所長の椅子に坐つていることは的を得た人事と言うべきであり、今後の活躍が大いに期待される。〔p.288 下段16行目〕

兎も角、知性の古屋が今度の職についたことは、彼の知性を考えても如何にも的を得た人事であり、それだけに今後の活躍が期待される。〔p.412 下段18行目〕

台糖ファイバーのピカ一部長という風評は的を得ているといつていいだろう。〔p.441 下段11行目〕

(上杉暢 [編] 『新日本人物譚』国際経済通信社)

 

1955年

この句は七番日記文化十二年六月の部に「夕立雲の目利哉」となっているのが原案であるが、「遠夕立」に距離感を示し、「評議」に会話をさながらならしめているところは、推敲の的を得たものである。

(川島つゆ『おらが春新解』明治書院 p.101 8行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1344494/56 (国立国会図書館内限定公開)
国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

 

1954年

個性の尊重、自由ないぶきが大革命をひきおこす結果となりこれが益〻人間生活の向上に役立っていくと云う史実の展開も至極的を得ている。〔p.95 最終段20行目〕

世界が一つになった近代以降に対する史実の取扱いも人類の自然の文化の所産であるので至極的を得たものと考える。〔p.96 2段目7行目〕

(内田留藏「アンケート」『歴史教育』第2巻 第7号 日本書院)

 

1953年

1、最も的を得た言葉で書く。

(牧連太郎「黨の言葉について」『前衛』第78号 日本共産党中央委員会 p.75 2段目7行目)

 

1951年

貸付資金說に關する限りケインズの批評が的を得ていないことは旣に述べたが、自然利子論についてはどうであろうか。

(鎌倉昇「利子、所得及び雇傭 ―非有意的失業についての一考察 ―」『經濟論叢』第67巻 第6号 京都大學經濟學會 p.402 15行目)
http://hdl.handle.net/2433/132225 (リンク先にPDFファイルあり)
京都大学 学術情報リポジトリ (http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/) より

※同ページの12行目に「當を得」という記述あり。

 

1950年

(まと)を得ない心の淋しさが、その町角まで來ると、汐のようにひたひたと寄せて來る。

(林芙美子『茶色の眼』朝日新聞社 p.174 8行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1352513/91 (国立国会図書館内限定公開)
国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

※この「(まと)を得ない」は「捉えどころのない」の意味でしょうか。

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久御山