メモ 2013.10.10~

「誤った日本語」について調べてみます。

「X<Y」になる、 「Xの次に大きいY」の用例

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3か月近く前のことになりますが (2019年5月7日) 、ツイッターに投稿された、あるアンケートが大きな話題になりました。身長の異なるA~Eの5人がいるという想定のもとで、「Cの次に背が高い人」が誰になるかを尋ねたものです (上図参照) 。

https://twitter.com/hedalu244/status/1125749403698905088
(へだるさん @hedalu244 のツイッターより) *1

回答は大きく分かれ、「B」が33%、「D」が50%という結果になりました。「B」派は「Cに〈次いで〉高い人」と捉え、「D」派は「Cより高い、Cの〈次の〉人」と理解したのでしょう。ここでは仮に、後者を〈「一段上」の用法〉と呼ぶことにします。

この調査結果についてはネット上でいくつか考察が見られましたが、「一段上」の用法について、用例 (実例) に基づいて分析したものがほとんどなかったように思えました。そこで、この種の言い方をしている実際の例をいくつか集めてみました。

なお、「 (○○の次に) 高い」の語形は探すのが困難だったため、今回は「 (○○の次に) 大きい」の用例を中心に採集しました。なかには文脈・文意が理解しづらい例もあるかと思います。その場合は、文中にある「最も小さな○○」などのくだりをご覧になれば、各事物の大小関係はご理解いただけるでしょう (「最も小さな」に相当する箇所には、引用者が下線を引きました) 。
※用例・文献の引用方法について

1929年

nが自然數ならば n+1 も自然數である。之を n の次に大きな數と云ひ n を n+1 の次に小さな數といふ。

(神田豊穂『大思想エンサイクロペヂア 27』春秋社 p.207) *2

 

(2020年11月22日 1例追記)

1943年

吾々の知つて居るものとしては電子の次に重いのは陽子であります.
〔※陽子は電子より重い〕

(湯川秀樹「中間子に就て」『物理化學の進歩』第17巻 第5輯 日本物理化學研究會 p.140) *3

 

1965年

アルファ線は、水素の次に重い元素であるヘリウムの原子核が、非常な速さで原子核から飛び出すもので、そのとき原子番号が二つだけ減った原子に変わる
〔※ヘリウムは水素より重い〕

(武谷三男素粒子論グループの形成 ―私の目で見た―」『素粒子の探究 ―真理の場に立ちて―』勁草書房 p.91)

 

1973年

そして,和服についても,日本の日常生活において四つの優美さの程度 (尺度) があって,一番低いのは作業服,少し高いのは普段着,その次に高いのは晴着,もっとも高いのは礼服です。
〔福岡ユネスコ協会開催・第3回九州国際文化会議 (1972年) の講演より〕

(セルゲイ・アルチェノフ「―記念講演― 日本の伝統文化と世界の文化との相互影響」『FUKUOKA UNESCO』8号 福岡ユネスコ協会 p.20)

※講演者はチフリス (現在のトビリシジョージア首都) の出身です。 *4

 

1975年

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図 31〉において,一番小さい構成要素 small,boy,s,school は皆第1次アクセントを多くとも一つしか持っていないので,〔アクセントの順番を決める〕規則は効果を現さない。次に大きい構成要素は,左図でも右図でも boy s という名詞であるが,ともに第1次アクセントを一つしか持っていないからこれも規則が効果を現さない。

(早田輝洋「第2部 第1章 放送での発音とアクセント」『放送用語論』日本放送出版協会 p.187)

 

1981年

 〔複合語の強勢 (音の強さ) の規則を考える際、〕police officer union には 2 つの段階を,football club captain には 3 つの段階を設けたが,専門的にはこれサイクル (cycle) と言う。 

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〔強勢の〕規則はまず第 1 サイクル (すなわちもっとも小さな単位) に適用され,次に第 2 サイクル (次に大きい単位) ,更に第 3 サイクル (その次に大きい単位) ,へと移される。

(柴谷方良・影山太郎・田守育啓『言語の構造 ―理論と分析― 音声・音韻篇』くろしお出版 pp.239-240)

 

1983年

中央社会保険医療協議会における、薬価基準適正化の議論〕
さらに,①「最小包装を基準包装としてその次に大きい包装単位の購買数が2倍以上になったときにのみ次の包装単位とする」いわゆる2倍の包装は廃止し,全包装を対象とする,②薬価基準は毎年1回改定する,ことを
〔支払側が診療側に〕求めた.

(菱沼従尹「医療保障の諸問題」『社会保障年鑑 1983年版』東洋経済新報社 p.42)

 

1995年

学習者がまだ記憶にインプットされていない語彙を見たとき、辞書などの情報源を使わないでその語彙の意味を理解しようとする場合は、過去に記憶した漢字の知識を使って推測しようとする。〔中略〕漢字として最も小さな単位と考えられる①部首で認識するものから、②読みで認識する、③意味で認識する、さらには④語としての構造を認識するものまであり、記憶に結びつく度合いも認識のレベルで異なるのではないかとも思われた。〔中略〕部首の次に大きい単位の漢字の認識は読みによるが、これも語彙の学習への貢献度は〔部首の場合と同様に〕まだ低い。

(横須賀柳子「日本語の語彙における学習ストラテジー」『ICU 日本語教育四十周年記念論集 日本語教育の課題』東京堂出版 pp.240-241)

 

1997年

音節の次に大きい形態素,語は,意味との対応関係を持つ。〔中略〕音節は形態素や語の構成要素であって,それ自体は意味をあらわさない。

(犬飼隆「音節」『日本語学キーワード事典』朝倉書店 p.46)

 

2005年

 冬物を出そうとして、コートの箱に気づいた。昔からのコートが、まとめていれてあるものだった。なんとなくぼんやりと、その中から、一番小さなコートを取り出し、その上に次に大きなコートを重ねてみた。そしてその上にはまた次に大きなコートを。そうやって、順繰りに着せ込んでいくと、最後にはロシアの入れ子人形のようになり、人間のように立体的に膨らんだ

(梨木香歩「コート」『丹生都比売 梨木香歩作品集』新潮社 [2014年] 所収 p.74)

 

2009年

ゆでたキャベツを葉の大きさを均一に4人分に分け、大きい葉から小さい葉とそれぞれ順に重ね、水けをふきとる。一番小さい葉でたねを包み、巻き終わりを下にして次に大きい葉で包む。

(小林カツ代小林カツ代の今すぐごはん 明日ごはん あさってごはん』主婦と生活社 p.14) *5

 

2010年

1 ビットが、コンピュータの扱う情報の最小単位であることはすでに説明しました。この「ビット (bit)」の次に大きな情報の単位は、「バイト (byte)」です。8 ビットが 1 バイトに相当します。

(城井田勝仁『ロボットのためのC言語によるマイコン制御の考え方』オーム社 p.14) *6

 

2015年

平方メートル次に大きい単位が平方キロメートルで、1平方キロメートルが1平方メートルの100万倍にもなるため、その間の広さを表す場合に、かなり不便ですから。

(伊藤幸夫・寒川陽美『これだけ!単位』秀和システム p.90) *7

 

2018年

(3) 完全数とは,6=1+2+3 のようにその数自身を除く正の約数の総和として表される自然数のことである。6の次に大きい完全数 ウ である。
〔ウに入る正解は「28」〕

(産業医科大学 平成30年度一般入試 第2次学力検査「数学」) *8 

 

「一段上」の用法が使われる条件

上記の用例をもとに、「一段上」の用法が使われる条件を一般化するのは適切ではないかもしれません。これらは、私がある程度見当をつけて探し出したもので、サンプルとしては偏りがあるからです。しかし、私が何を拠り所に用例にたどりついたかをご説明することで、この種の表現が使われる傾向の一端は見えてくるでしょう。

私は、冒頭のアンケートを読んで「B派は各人物順位 (ランキング) に、D派は各身長順番 (位置関係・前後関係) に着目しているのだろう」と考えました。*9 だとすると、後者 のような「一段上」の用法が一般に使われる場合、比較対象となる事物については以下の特徴を持っている場合が多くなるだろうと推測しました。

  • 決まった順番があるもの (1・2・3…) (水素・ヘリウム・リチウム…)
  • 階層 (段階) があるもの (音素・形態素・語…)
  • 程度や量のみを表しているもの (1・2・3…) (ビット・バイト…)

これらは、全体で一つのまとまり (自然数・元素の周期表・言語体系…) を持っているのが特徴です 。

また、文全体としては、

  • 「最も小さい○○の次に大きい△△」などのように、最小のもの (最下位) から大きいもの (上位) へと順番に言及している場合

に使われやすいだろうと考えました。こうした推測のもとで採集したのが、今回の用例です。

各用例を眺めてみると、「今回のアンケートの一件がなければ、私自身は特に引っかかることもなしに読み飛ばしていただろう」と思われるものも少なくありません。

冒頭のアンケートの件に話を戻すと、「Cの次に背が高い人」を「Cより高い、Cの次の人」と考えた人は、

  • まず5人の身長の数値全体を1つのパッケージとし、
  • 次に数直線上に各数値を配置し、
  • そして各数値の順番を見て判断した。

というプロセスを経て答えを出したのでしょう。 一方で、「Cに次いで背が高い人」の意味としてのみ理解した人は、

  • 「○○の次に~」は「次点・次位」の意味としか理解できない。
  • アンケートの例は、「11の次に大きい素数」などのケースとは違い、各人物の順位について言及しているのだから、「Cより高い、Cの次の人」という解釈は馴染まない。

この2つのいずれかの考えに基づいて結論を出したのでしょう。

 

「一段上」の用法のメカニズム

この「一段上」の用法は、なぜ使われているのでしょうか。私は、2つの言いたいことが合わさったからではないかと考えています。では「2つの言いたいこと」とは一体何でしょうか。

例えば「11の次に大きい素数は13である」という文は、「11より大きい素数」で、かつ「11の次の素数」について言及しています。前者では「隣接」の意味が表せず、後者では「上位」の意味が明瞭ではないので、両者を併せ持った表現として「○○の次に大きい」が生まれたのだろう、というわけです。 *10

次の例は、「より大きなスケール」と「次のスケール」が中途半端に融合したもので、「一段上」の用法の生成過程を垣間見ることができます。

2009年

科学者たちがいろいろな研究を進めていくなかで、最も小さな世界は、「プランク長さ」(10-33 センチメートル) という、想像を絶する極微のスケールだということまで分かってきました。そして、そういった素粒子の世界より次に大きなスケールは、原子核です 

(佐藤勝彦アインシュタインの宇宙 最新宇宙学と謎の「宇宙項」』角川学芸出版 p.22)

この用法の便利なところは、「大きい」を「小さい」に置き換えれば、簡単に「一段下」の用法に変えられる点です (先に取り上げた1929年の用例を再掲しますので、ご参照ください) 。

1929年

nが自然數ならば n+1 も自然數である。之を n の次に大きな數と云ひ n を n+1 の次に小さな數といふ。

(神田豊穂『大思想エンサイクロペヂア 27』)

また、へだるさんのツイートにもあるように、「見た目の形容詞と実際の大小関係が一致」するという利点もあります。 

 

「一段上」の用法の問題点

「一段上」の用法には利点があると言いましたが、当然問題点もあります。「○○の次に~」には「次点・次位」を表す用法もあるので、同じ事柄を表現するのに、書き手 (話し手) によって表現の仕方が全く逆になってしまう現象が起きてしまいます。

水素の次に軽い元素はヘリウムである。(『元素を知る事典』) *11

水素の次に重い元素は原子番号 2 番のヘリウム (He) であり,原子核は陽子 2 個と中性子 2 個とからできている。(『化学はなぜ環境を汚染するのか』) *12

この問題を解消する一つの方法は、一方のみを正用と決めてしまうことです。実際、ネット上の意見を見ると、「次点・次位」の用法のみが正しい、というものが多数見られました。

しかし、「一段上」の用法は昭和初期には既にあり、高名な言語学者による使用例もあるものです。現に広く使われていることを考えると、現状では一本化するのは困難でしょう。状況に応じて誤解のない言い方に置き換えていくのが、目下のところ現実的な解決策なのではないでしょうか。

*1:アンケート投稿時のアカウント名は Yuki /jukʲi/ さんでした。

*2:http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1877883/109 (国立国会図書館デジタルコレクションより。インターネット公開。)

*3:http://hdl.handle.net/2433/46361 (京都大学 学術情報リポジトリ「KURENAI」より。)

*4:講演が日本語で行なわれたのか、他言語で行なわれたものが会誌掲載時に和訳されたのかは不明です。ただ、こちらの記事によると、アルチェノフ氏は日本語でも講演ができる語学力があるようです。

*5:Googleブックスより (こちら)

*6:Googleブックスより (こちら)

*7:Googleブックスより (こちら)

*8:問題文は『2019年版 大学入試シリーズ No.558 産業医科大学 (医学部) 』(教学社 2018年 p.11) より引用しました。
※この問題文はツイッター経由で知りました。当該ツイートでは「問題文が「6の次に小さい完全数」に訂正されました」とのコメントがありましたが、教学社の問題集にはその旨が書いてありませんでした。解答欄も「よって,次に大きい完全数は  28」(p.51) となっていました。
旺文社のサイトでも扱いは同様でした。
産業医科大学のサイト (平成30年度入試直後の時点) をインターネットアーカイブで調べてみましたが、問題文の訂正に関する告知は掲載されていませんでした。

*9:私が以前書いたはてなブックマークコメントもご参照ください。

*10:私は言語学に関しては門外漢なのでよく分からないのですが、このようなハイブリッド式の表現は、専門的には「アマルガム構文」というのでしょうか。
※この用語は、尾谷昌則先生 (法政大学教授) の「アマルガム構文としての『「全然」+肯定』に関する語用論的分析」 (『言葉と認知のメカニズム―山梨正明教授還暦記念論文集』ひつじ書房 2008年) で知りました。

*11:村上雅人 (編著)『元素を知る事典』海鳴社 2004年 p.12 Googleブックスより (こちら)

*12:村田徳治『化学はなぜ環境を汚染するのか』環境コミュニケーションズ  2001年 p.46 Googleブックスより (こちら)

久御山