1-3「的を射る」の用例
『日本国語大辞典』第2版 第12巻 (小学館 2001年) の「的」の項 (p.471) には、「まと を 射 (い) る」の子見出しがあり、2つの語釈が載っています。
1 矢や弾を的に向かって放つ。また、放った矢、弾が的に命中する。
2 的確に要点をとらえる。
同辞典では、 1 の初出例として『撰集抄』 (1250年頃) のなかの「何々とあらなんと案じゐたるは、とかくの弓に亀毛の矢をはげ、空化のまとをいんとするにたがはず 」という一文が引用されています。
一方で、 2 の用法は比較的歴史が浅いようで、平野謙による1946年の用例が初出になっています。
1946年
このやうなトルストイの姿勢が的を射てゐるかどうかはやはり本多秋五にでも聞いてみなければ分からぬが、シェストフの描いてみせたトルストイのたたかひぶりは、たしかにわが藤村のたたかひぶりとあひ通ずるものがある。
2 の用法で、これよりも古いものがあるかを調べてみました。
1942年
今次の戰爭が資源戰の性格をもち、現地において資源の開發や利用のために巨額の資金が必要であることは論を俟たず、從つて金融對策から始めた政府の着眼は正に的を射てゐるといはなければならない。
(伊佐秀雄「第二部 戰時政策の發展」『日本政治年報 昭和十七年』第一輯 [津久井龍雄 編] 昭和書房 p.107 最終行)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879172/67
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
1942年
昭和維新が唱導せられ、革新の必要が痛感されながら、未だ東亞聯盟思想以外にその的を射てゐるものは見當らない。
(石原莞爾『国防政治論』 聖紀書房 p.278 2行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1453735/146
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
1942年
的を射たチヤーチル演說。プリンス・オブ・ウエールズの廻航
(三島助治『暴かれた恫喝者』 国民政治経済研究所 p.47 7行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1273638/31
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
1938年
作者の創作意圖を右の如く解するならば、この物語を史實に對照して、虛僞であるとか、文學的價値を持たないものであるとか言つて批難することは、的を射てゐないことになる。
(桐原徳重「平家物語研究における作家論」『国語と国文学』第15巻 第1号 至文堂 p.48 17行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3549206/28 (国立国会図書館内限定公開)
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
1937年
永積氏の此の解釋は明快で、的を射てゐる。
(藤田德太郎「國文學時評 ―實證的硏究論者の言―」『国文学 解釈と鑑賞』第2巻 第1号 至文堂 p.49 最上段19行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3549967/28 (国立国会図書館内限定公開)
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
1937年
別に玆に云ふ財閥の轉向とは關係はないが大衆が大企業に容易に參加し得るといふ感情と、財閥主義の修正といふ振れ込みが的を射たわけである。
(和田日出吉『二・二六以後』偕成社 p.151 3行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1878528/84 (国立国会図書館内限定公開)
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
1936年
まさに的を射た市の輸出補償
(『神戸新聞』1936年4月3日付 画像データ1枚目 見出し)
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?LANG=JA&METAID=10002344&POS=1&TYPE=IMAGE_FILE
※神戸大学附属図書館 新聞記事文庫 (http://www.lib.kobe-u.ac.jp/sinbun/index.html) より
1936年
〔前略〕茂睡や眞淵やの考證は殘念乍ら的を射ぬく事が出來なかつたのである。〔p.607 1行目〕
しかし、もし新古今に不滿であるならば、百人一首よりは新勅撰をこそ自己の本色を出したものとする筈だのに、それをしないで百人一首のみに力を入れるのはおかしいといふ推測は的を射て居るのである。〔p.607 2行目〕
(風巻景次郎『新古今時代』人文書院)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1151451/297
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
(2016年1月27日 用例追加)
1936年
慧眼果してその的を射て業績日に擧り後生致富の礎こゝに築かるゝに至つた。
(『財界物故傑物伝』下巻 実業之世界社 p.524 5行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1228946/290
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
1934年
門外漢の判例引用である故或は的を射ないものや飛んだ誤りをして居るかも判らぬが、その點は寬恕して戴きたい。
(長谷川安兵衛『株式会社会計』東洋出版社 序文・ニ 6行目) [1938年 第14版]
https://books.google.co.jp/books?id=7OX3NV1u990C&hl=ja&pg=PP8#v
※Googleブックス (https://books.google.co.jp/) より
※p.187に「的を失 (した) 」の用例あり。
1933年
あらゆる憶測と想像が下される、而し的を射てゐる話はなかつた、
(重泉小樽新聞支局長「神秘境は語る 大靈場長節沼?」『根室千島両国郷土史』本城寺 p.323 下段18行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1235467/178 (国立国会図書館内限定公開)
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
1932年
同じ月の雜誌に各各書いてゐたのであるから、谷崎氏の荷風氏を批評した
(近松秋江「文藝時事」『新潮』第29年 第4号 新潮社 p.86 下段11行目)
1930年
淸子 口が惡いたつて所詮批評會ですもの。的を外れた事を云ふ人が有つたら、嘲笑はれるのは其人ぢや有りませんか。
直子 でも、的を射られたら此方が嘲笑はれるでせう。〔後略〕
(岡田禎子「愛痴」『思想』第95号 岩波書店 p.496 上段最終行)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3198799/67 (国立国会図書館内限定公開)
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
1930年
それほどに鋭敏な彼の直観力さえ実際に的を射たのは十中六分であとの四分はことごとく見込み違いに終っていたと彼はみづから告白しているが、若しそれが真実なら、つまり二分の差が彼の巨億の富を作ったことになる。
〔「神戸大学附属図書館 新聞記事文庫」のテキストデータより引用。原文と表記の違いあり〕
(片岡貢「ウオール街物語」『報知新聞』1930年10月12日付-10月17日付 画像データ3枚目 最下段12行目)
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?LANG=JA&METAID=00513057&POS=1&TYPE=IMAGE_FILE
※神戸大学附属図書館 新聞記事文庫 (http://www.lib.kobe-u.ac.jp/sinbun/index.html) より
1928年
近年急速なる進歩をとげた欧洲各国のカーテル運動、並びに欧洲を中心としたいわゆる国際カーテル運動の進展のあとを静かにありかえって見れば、この評言は正に的を射ておるの観がある。
〔「神戸大学附属図書館 新聞記事文庫」のテキストデータより引用。原文と表記の違いあり〕
(「産業の合理化運動」『大阪毎日新聞』1928年7月10日付-8月4日付 画像データ23枚目 最上段36行目)
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?LANG=JA&METAID=10029020&POS=1&TYPE=IMAGE_FILE
※神戸大学附属図書館 新聞記事文庫 (http://www.lib.kobe-u.ac.jp/sinbun/index.html) より
1926年
一般に日本人は性質上パラドキシカルであると一斷案を下し、心理の正しい的を射つた積りであつたかも知れない。
(野口米次郎『神秘の日本』第一書房 p.67 5行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1019060/39
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
1919年
コンテスが
(福本日南『石臼のへそ』東亜堂書房 p.121 6行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/952075/71
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
言能く其事をいひ當てたるをいふ。所謂正鵠を得たる義なり。
(『俚諺辞典』金港堂 p.472)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/900343/247
※国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より
※2016年6月10日追記:「日国友の会」に投稿済 (こちら)
「的を射る」は、「正鵠を得る」と比べると戦前の使用頻度はかなり低いのですが (この件は第2章で詳述します) 、百年以上昔の辞書に「的を射た」の項目があったということは、当時すでにこの表現がある程度広まっていたと言えるのではないでしょうか。