メモ 2013.10.10~

「誤った日本語」について調べてみます。

小休憩:坂口安吾は「的を得る」を使ったか

「的を得る」の用例を探していたときのことです。坂口安吾の小説「ジロリの女」のなかで、「的を得ていることがあるもので」と書かれている箇所があるのを発見しました。確認に使用した資料は、

の3種の作品集で、これらすべてで「的を得て」と表記されていました。「ジロリの女」は青空文庫にも収録されていましたが、そこでは「的を射ていることがあるもので」となっていました (青空文庫版の底本は『坂口安吾全集』第6巻 筑摩書房 1998年) 。

坂口安吾は元々は〈的を得て〉と書いていたのかもしれない。青空文庫の版は、編集者が〈的を射て〉に修正した可能性がある」と私は思いました。そこで、初出の『文藝春秋』第26巻 第4号 (1948年 p.57) を見てみることにしました。

何のことはなく、当該箇所を見ると「的を射てゐることがあるもので」と書いてありました。調査は徒労に終わりました。

 

また、こんなこともありました。インターネット上のとある掲示板に、「関口存男『新ドイツ語の基礎』 (1947年) *1のなかに〈的を得た〉の用例がある」との情報が書いてありました (書き込みは2005年のもの) 。もし本当ならば、1940年代の古い用例ということになります。そこで、同書 (東西出版社 1948年 再版) の全ページに目を通してみましたが、どこにも載っていませんでした。

この情報は「ガセネタ」だろうとしばらくの間思っていましたが、後日、ふと「ひょっとして新しい版には載っているのではないか」と思い、三修社発行の第20版 (1990年) を見てみることにしました。すると、p.179に

〔前略〕これに実語を入れた dem Freund die Zeche schulden 「友人に飲食代を借りている」とか, den Nagel auf den Kopf treffen 「的を得たことを言う」とかいったような不定句は,非常に応用範囲が広いのです.

と書いてありました。ちなみに、前掲の1948年版 (p.167) では、

〔前略〕これに實語を入れた dem Freunde die Zeche schulden  (友人に飮食代を借りてゐる) とか, den Nagel auf den Kopf treffen とか云つたやうな不定句は,非常に應用範圍が廣いのです。

となっていました。おそらく、改訂を重ねていくなかで、途中の版から「的を得たことを言う」の文言が挿入されたのでしょう。

 

今回の調査では、「用例を採集する際は、極力、初出・初版にあたることが必要である」ということを勉強しました。


2014年4月3日追記:

書名のリンク先は、「国立国会図書館デジタルコレクション」 (http://dl.ndl.go.jp/) 内のページです。


2017年3月25日追記:

河合塾講師・中村博英先生の『目からうろこ! 会話に役立つ 故事ことわざ 四字熟語』(評論社 2017年 p.152) によれば、坂口安吾が「的を得る」を使った用例が実際にあるそうです (作品名は載っていませんでした) 。

*1:別書名は『新ドイツ語大講座』 [上巻 基礎入門篇]

久御山