メモ 2013.10.10~

「誤った日本語」について調べてみます。

2-4 使用実態調査  「裁判例情報」を使って

「裁判所」 (http://www.courts.go.jp/) のサイト内には「裁判例情報」のページがあり、過去の判決文で使われた言葉を検索することができます。これを利用して、「〈的/正鵠〉を〈射/得〉」の用例数を集計してみました。

集計結果と分析

年代ごとの用例数は次の通りです (集計方法はこの記事の最後に書きました) 。

種別年代 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010 (合計)
的を射 0 0 2 0 1 37 8 48
的を得 0 0 1 1 3 11 2 18
正鵠を射 0 0 1 3 5 7 2 18
正鵠を得 13 6 6 7 5 9 3 49
(合計) 13 6 10 11 14 64 15 133

「裁判例情報」は1947年の判例から収録されているようですが、用例が拾えたのは1950年代のものからでした。結果をグラフにしてみると以下のようになります (2010年代は期間が10年に満たないので省きました) 。

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注意しなければならないのは、「裁判例情報」に収録されている判例の総件数が年代ごとにバラついていることです。例えば、1990年代の判例数は合計でおよそ3000件ですが、2000年代は約16,000件収録されています。年代ごとの推移を見るには、構成比で比較したほうが良いでしょう。改めてグラフにしてみました。

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傾向をまとめてみました。

  • 1960年代までは、「正鵠を得」のみが使われていた。
  • 1990年代になっても「的を~」よりも「正鵠を~」の形のほうが優勢である。
  • 1990年代以降は、「正鵠を射」が「正鵠を得」と同程度に使われている。
  • 2000年代に入ると突如「的を射」の割合が増え、一気に全体の5割以上を占めるようになった。

かつては、判決文のなかでは「正鵠を~」の形が多く使われていました。法曹界では古い文体が特に好まれていたからでしょう 。2000年代を境に様相ががらりと変わっていますが、これは「裁判員制度」の影響でしょうか。2009年の施行を控え、「一般人にも分かりやすい判決文」を目指して、平易な文章を書くようになったのかもしれません。

次に、「的を射」と「的を得」のみの構成比を算出しグラフにしてみました。

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年代別の数値も一応出してみましたが、1970年代から1990年代までは各々合計で1~4例ほどなので、あまり参考になりません。総計を見てみると、「的を射」と「的を得」の比率はおおよそ3:1で、先の「国会会議録」のときとほぼ同じです。判決文というフォーマルな文章のなかで、これだけ「的を得る」が使われているのは、意外に多いと言えるでしょう。

付記

「的を得」と「的を射」が一文のなかで使われている例がありました。

※用例・文献の引用方法について

出願人が意見書等に記載する事項は,刊行物1と他の引用文献との組合せのすべてについて行うことが困難であるから,ある程度の推測に基づいて行わざるを得ない結果,往々にして的を得ないものとなり,この観点からも,原告は,的を射た意見を述べる機会や的確・適正な補正をする機会を失った。

(平成18 (行ケ) 10544 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成19年11月14日 知的財産高等裁判所)

この判決文を書いた裁判官は、普段は「的を得る」を使っているものの、判決文のなかでは「規範的に正しい」とされている「的を射る」を使おうとしたのではないでしょうか。しかし、ひとつは「射」と訂正したものの、もう一箇所を「得」と書いたまま見逃してしまった、ということなのかもしれません。

 

※「裁判例情報」の集計について
  • 集計結果は2013年7月24日現在のものです。

  • 「用例数」は、検索結果のなかから以下のデータを除外したものです。

    • 調査対象とは無関係のもの (「的を射撃装置を用いて」など)

    • 文献からの引用
      例:《そして,この経緯について,「このようにbioisosterism からの推論は的を射て〔中略〕…」 (甲8,1252頁右欄13~15行) と説明しているのである。

  • 「的確 な/である」「核心を 突く/突いた」の意味から外れている用例は、ありませんでした。

  • 《正鵠・せいこく・せいこう・セイコク・セイコウ・的・まと・マト》 ×《得・え・射・い》を使った全ての組み合わせ (32パターン) を検索しました。そのなかで有効な用例を採集できたのが、「的を射」「的を得」「的をえ」「正鵠を射」「正鵠を得」「正鵠をえ」の6パターンでした。同じ語形で表記だけ異なるものは、1つにまとめて集計しました。

  • 用例は、「裁判例情報」に記録されているものをすべて数え上げました。1つの文書で繰り返し使われている場合も、使った回数だけカウントしています。

2014年4月22日注記:グラフを、見やすいものに差し替えました。

久御山