4-4-1 2014年以降の「的を得る」関連情報 (前編)
この記事では、ここ5年間 (2014年以降) に発表された「的を得る」関連の情報を、2回に分けて見てみます。なるべく多くの情報を集めましたが、網羅的なものではないことをご了承ください。記事中では「的を得る」を誤用とする立場を「誤用派」、誤用としない立場を「非誤用派」と呼ぶことにします。*1
国語辞典の記述
「的を得る」について言及している国語辞典の多くは、改訂後も依然として容認には否定的・消極的でした。しかし、「的を得る」を普通の言葉として載せる辞書もいくつか現れました。
私が調べた限りでは、2013年当時、「誤用派」の国語辞典は11種 *2ありました。また、誤用の注釈なしに「的を得る」を載せていたものは1種 *3です。
「誤用派」の11種のうち、2014年以降に改訂版が出たものは8種ありました。内容は以下の通りです。
●誤用扱いのままのもの (使用しないよう注意喚起のあるもの) (4種)
1997年から約20年もの間「「的を得る」は誤り」と書き続けてきた『現代国語例解辞典』など、4種の国語辞典が誤用の注釈を踏襲していました。
●「本来の言い方ではない」と書き改められたもの (2種)
2016年
的を
(『学研現代標準国語辞典』改訂第3版 学研プラス p.1356)
上記2種はともに、「あやまり」の注釈が改訂後に「本来の言い方ではない」と改められました。前者の監修者は金田一秀穂先生ですが、先生が関与された他の辞書でも「的を得る」に関する記述が書き換えられていたので、後述します。
●誤用の注釈を取り消したもの (2種)
『三省堂国語辞典』は、国語辞典界で最初 (1982年) に「的を得る」を誤用とした辞書ですが、最新版で撤回したことで話題になりました (当ブログ 3-3 参照) 。特筆すべき点は、「的を得る」を見出し語に昇格したことでしょう。この件で元小学館辞典編集部編集長の神永曉さんは、「まさか一気に見出し語にする辞典が現れるとは思わなかった。私が辞典に載せるとしたら補注か何かで触れるだけであっただろうから。」*5 *6 と感想を述べられています。最近改訂された他の辞書が「的を得る」を見出し語に挙げていない点も併せて考えると、『三省堂国語辞典』の試みは異例だったと言えるのかもしれません。
『例解新国語辞典』は、改訂前の「「当を得る」とまぎれて、誤(あやま)って」の注釈が削除されました。同辞典編修代表の篠崎晃一先生は、2014年の著書 *7 では「的を得る」を誤用と解説されていましたが、その後2年弱での方向転換でした。「誤用」の追認なのか、従来の誤用判定が不適当だったと判断されたのか、どちらなのかが気になるところです。
新たに「的を得る」について言及した国語辞典
『角川必携国語辞典』は14版 (2016年) *8 で「的を射る」の項に「「的を得る」とも」の一文を追記しました。普通の言葉として認めてもよいと判断したのでしょう。
『学研現代新国語辞典』は、「的を射る」の項に「「的を得る」は本来の言い方ではない」と追記しました。「普通の言葉として認めるには難がある」ということでしょう。この追記は、編者の金田一秀穂先生のご意見が反映されたものでしょうか。
2017年
―〔的〕を・射る 《句》〔語釈略〕参考「的を得る」は本来の言い方ではない。
(『学研現代新国語辞典』改訂第6版 学研プラス p.1374)
9年ぶりに改訂された『デイリーコンサイス国語辞典』は、「的を射る」の項に「誤って「的を得る」とも.」と追記しました。これは、編者の佐竹秀雄先生のご意見によるものでしょうか。
ネット辞書の改訂
ネット辞書では、〈デジタル大辞泉〉(小学館) が誤用の注釈を削除していました。旧版では「「当を得る (道理にかなっている) 」との混同で、「的を得る」とするのは誤り」とありましたが、最近はこの記述がなくなっています。*9 同辞典が典拠としていた文化庁の調査報告書には「誤り」の文言は使われていなかったので、それを踏まえて補説を修正したのかもしれません。*10
2016年
的(まと)を◦射(い)る の意味〔語釈・例文略〕
[補説]文化庁が発表した「国語に関する世論調査」で、本来の言い方とされる「的を射る」と、本来の言い方ではない「的を得る」について、どちらの言い方を使うか尋ねたところ、次のような結果が出た。〔以下は下記のリンク先をご参照ください〕
(〈デジタル大辞泉〉小学館 2019年9月5日現在)
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/209033/meaning/m0u/
この件で『大辞泉』編集部は facebook で「『大辞泉』は誤用かどうかの判断はせずに、文化庁のデータを転載して、いろいろな使われ方があることを示しています。」 と説明されています。しかし、補説中の「本来の言い方ではない「的を得る」」という表現は、読み手に「正式な慣用句ではないのだろう」との印象を与えているのではないでしょうか。
その他の辞書の記述
慣用句辞典・ことわざ辞典 (2014年以降改訂・出版) で、「的を得る」を普通の言葉として載せているものはほとんどありませんでした。
金田一秀穂先生監修の『新レインボー小学ことわざ・四字熟語辞典』 では「的を得る」が「誤り」と解説されていました。ただし同辞典のコラムでは「〔間違った言葉も〕
2014年
「
〔中略〕
ただし、
金田一先生監修の他の辞書をもう少し見てみましょう。2015年に改訂された3種の辞書では、「的を得る」に関する記述が次のように変更されていました。
2004年
「的を
2015年
「的を
2005年
「的を
2015年
「的を
金田一先生が担当された、『新レインボー小学国語辞典』『学研現代新国語辞典』(上述済み) も併せて見てみると、辞書によって記述がまちまちです。「「的を
その他の慣用句辞典・ことわざ辞典で「的を得る」について言及しているものは、すべて誤用扱いになっていました。
2015年
(西谷裕子 [編] 『「言いたいこと」から引ける 慣用句・ことわざ・四字熟語辞典』第4版 東京堂出版 p.388)
2018年
〔「的を射る」と、〕要点をしっかり押さえている、道理にかなっている、意の、「当を得る」との混同から、「的を得る」とするのは間違い。
(西谷裕子 [編] 『勘違い慣用表現の辞典』再版 東京堂出版 p.166)
また、大修館書店の『日本語大シソーラス 類語検索大辞典』 *15 は、2003年の初版では「要点をつかむ」の類語として「的を得る」を載せていましたが、2016年の第2版では削除していました (「正鵠を得る」も併せて削除) 。
2003年
03 要点をつかむ
〔中略〕
2016年
03 要点をつかむ
〔中略〕
(山口翼 [編]『日本語 (大) シソーラス 類語検索 (大) 辞典』大修館書店 )
次回の記事 (後編) では日本語の専門家 (研究者) や報道機関の校閲部、日本語検定委員会の見解などを取り上げ、最後に前・後編のまとめを書くことにします。
*1:便宜上このように呼びましたが、実際には「誤用派」でも「的を得る」を追認しようと考えている方や、「非誤用派」でも辞書に立項することには難色を示している方などがいらっしゃるので、見解は多種多様です。
*2:「誤用派」の国語辞典 (2013年当時)
- 『現代国語例解辞典』第4版 小学館 (2006年)
- 『大辞林』第3版 三省堂 (2006年)
- 『三省堂国語辞典』第6版 三省堂 (2008年)
- 『明鏡国語辞典』第2版 大修館書店 (2010年)
- 『例解学習国語辞典』第9版 小学館 (2010年)
- 『学研現代標準国語辞典』改訂第2版 学研教育出版 (2011年)
- 『新選国語辞典』第9版 小学館 (2011年)
- 『新レインボー小学国語辞典』改訂第4版 学研教育出版 (2011年)
- 『チャレンジ小学国語辞典』第5版 ベネッセコーポレーション (2011年)
- 『例解新国語辞典』第8版 三省堂 (2012年)
- 『大辞泉』第2版 小学館 (2012年)
※リストには小中学生向きの国語辞典も含まれています。このほかに、『小学新国語辞典』改訂版 (光村教育図書 2010年) 欄外のクイズコーナーで、「的を射た/得た」のいずれが正しいかを選択させる問題がありました (p.931) 。「射た」が正解になっていました。
*3:『日本国語大辞典』第2版 第12巻 (小学館 2001年)
*4:「金田一メモ」とは、監修者の金田一秀穂先生による注記のこと。★の部分には金田一先生の似顔絵が入っていました。
*5:神永曉『さらに悩ましい国語辞典 辞書編集者を惑わす日本語の不思議!』時事通信出版局 (2017年) p.312
*6:神永さんが編集を担当された『日本国語大辞典』第2版には「的を得る」が載っていますが、これは、同辞典が実用辞書ではなく研究書の趣があるからでしょう。また、神永さんが同辞典の編纂者ではなく、編集者であることにも留意すべきでしょう。
*7:『えっ? これっておかしいの!? マンガで気づく間違った日本語』(主婦の友社) 。後半の記事で取り上げます。
*8:奥付の記載に従い「14版」と書きましたが、KADOKAWAの辞書は増刷するごとに版の数を増やしていくので、辞書界では改訂版とは見なされていないようです。
*9:私が気づいたのは2016年2月頃でしたが、実際にいつ削除されたのかは分かりません 。書籍版の『大辞泉』は2012年以降は改訂していないので、誤用の注釈が掲載されたままです。
*10:別件ですが、『大辞泉』がかつて「汚名挽回」を誤りとしていたことに対し、「典拠先である文化庁の調査報告書を正確に引き写していない」との指摘が入り、その後〈デジタル大辞泉〉の解説が書き換えられたことがあります (参照) 。
*11:初版 (2004年) の監修者は金田一春彦先生のみ・学習研究社発行、改訂版 (2015年) は学研教育出版発行。
*12:初版 (2005年) は学習研究社発行、改訂版 (2015年) は学研教育出版発行。
*13:初版 (2007年) は学習研究社発行、新装版 (2015年) は学研教育出版発行。新装版には書名に [文法・品詞・表現] との副題あり。
*14:漫画内での、ねずみのジェリーのセリフ (ふきだし)。