メモ 2013.10.10~

「誤った日本語」について調べてみます。

1-5「正鵠」に「まと」の振り仮名がある用例

江戸時代の医学書『医戒』には、「正鵠」という漢字に「マト」のルビが振られている箇所があります。

※用例・文献の引用方法について

1849年

又病者ヲ見ルヿ宜ク正鵠(マト)ノ如クナルベシ。

(杉田成卿 [訳]『医戒』国立国会図書館デジタルコレクション6コマ目 右頁6行目) [1892年 刊]
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/832952/6
国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

 

この点について、文学博士の杉本つとむ先生は次のように述べられています。

正鵠(せいこく)――原本のルビの〈マト〉は〈的〉、江戸時代~明治前期にかけてよくみられる形式。漢語に対して、日常的な日本語を仮名で示している。『中庸』に〈(これ)、正鵠ヲ失フ〉とある。

(杉本つとむ『江戸・蘭方医からのメッセージ』ぺりかん社 1992年 p.312)

かつては、「的の中心」と「的全体」とを厳密に区別する必要のない文脈では、「正鵠」と「的」が同義語として扱われることがあったのでしょう。

 

他にも例があるか、調べてみました。 

1807-1811年

正鵠(まと)なくて(ゆみい)るならば。(ろう)してその(かう)なきのみならで。(ひと)(やぶ)るの(あやまり)あらん。

(曲亭馬琴 [滝沢馬琴]『椿説弓張月 鎮西八郎為朝外伝』春祥堂 p.850 5行目) [1917年 刊]
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/906697/435

※異版 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991987/41 (国立国会図書館デジタルコレクション41コマ目 右頁 最終行) [1883年 刊]

※ともに国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

 

1814-1842年

(いづれ)正鵠(まと)(はづ)さねば、(すなはち)正門(おほて)小頭人(こがしら)にして、我兵貌(わがものがほ)扱使(こきつか)ひぬ。

(曲亭馬琴 [滝沢馬琴]『南総里見八犬伝』第6巻 有朋堂書店 p.306 最終行) [1926年 刊]
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1021218/159

※異版 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/879358/28 (p.610 1行目) [1886年 刊]

※ともに国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

 

1871年

蓋シ蒼穹(アヲソラ)ヲ目的トナシテ.()(イル)モノハ.一樹ヲ正鵠(マト)トスルモノニ比スレバ.遥ニ高ク(イタ)ルベシ.

(中村正直 [訳] 『西国立志編国立国会図書館デジタルコレクション11コマ目 右頁5行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1080998/11
国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

※この用例は、『日本国語大辞典』第2版 第7巻 (小学館 2001年) の「正鵠」の項に載っていました。

 

1885年

ナゼナレバ、(ユミ)()正鵠(マト)(アタ)ラズシテ(ハヅ)レルトキハ、(タレ)シモ人ヲ(トガ)メルヿナク、其ノ(アタ)ラヌハ、(ヲノ)レノ(ワザ)未熟(ミジユク)ナルナリト、(コレ)()ノ身ニフリ(カヘ)(カン)ガヘ(モト)メテ(ハヅ)レヌヨウスルナリト(イハ)レタリ、

(山田清風『四書註解 鼇頭諺釈 中庸』国立国会図書館デジタルコレクション20コマ目 右頁)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/754098/20
国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

 

(2016年1月27日 用例追加)
1892年

質的ハ正鵠(マト)ナリ、弓ヲ射ル的ノヿナリ

(城井寿章『荀子講義』上巻 博文館 p.12 3行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/753293/13

国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

 

1940年

この話は無論、かなり原始的の觀念から來る淸明心を物語つてゐるのだが、しかし、この淸明心は、前に引用した孔子の言葉「正鵠に失すれば、反つてこれを其身に求」むる心的態度であつて、誰を恨むのでもなく、純眞の自己反省をするのである。弓を射る場合に正鵠 (まと) を射外したとき、弓箭の善惡や、弽の善惡を口實にすることは、心構への下等なことを物語るものであつて、決してその結果の惡かつたことを他に歸すべきものではない。

(竹内尉『日本士道』健文社 p.67 最終行)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1687106/41 (国立国会図書館内限定公開)
国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

 

1967年

孔子は「射術は君子の行ないに似ている。矢を正鵠(まと)に射あてることに失敗すると、その原因を自分の身について反省するのである」といわれた。

(赤塚忠『新釈漢文大系』第2巻 [大学・中庸] 明治書院 p.234 15行目)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2966970/126 (国立国会図書館内限定公開)
国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/) より

※赤塚先生による、『中庸』の通釈の一部分です。

駿台予備学校講師・中谷臣先生のサイト のなかで「ちなみに、明治書院の漢文大系『中庸』には正鵠に (まと) という読み仮名をあてています。」と書かれているのは、この文献を指しているのだと思います。

 

江戸時代から「正鵠」に「まと」の振り仮名があてられてきた事実は、「〈正鵠を得る〉から〈的を得る〉が生まれた」という説を裏付ける証左の一つにはなり得るでしょう。しかし、「正鵠を得る」というフレーズそのものに振り仮名がついて、「正鵠(まと)を得る」と表記されている用例は見つかりませんでした。

上に挙げた「正鵠(まと)」の例は、「正鵠 (せいこく) 」が「まと」の読みに変わっていった可能性もありますが、「まと」という和語に「正鵠」の漢字が振り当てられたことも考えられます (いわゆる「振り漢字」です) 。

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久御山